5.正体発覚!




細い銀色のフレームがよく似合う、線の細い少年だった。祥太郎と視線が合うと慌てて目を伏せる。ここからでも、彼のまつげの長さが目立った。

「そ、その人は、誰?」
「あぁ? 誰だっていいじゃん。お前に関係ないし。」

ナツメの口調がわずかに荒くなる。祥太郎はもう一度ナツメを見上げた。無理にしかめ面を作って、少年を牽制しているようだ。

「ナツメ、いい加減にしてやれよ。松本の奴、泣きそうな顔してるぜ。」
「…うぜーんだよ、いい加減。」
「あのう…喧嘩はよそうよ。せっかくの新入学なんだからさあ。」

祥太郎はそっと言ってみた。ナツメは気がついたように祥太郎を見下ろすと、さらに祥太郎をきつく抱き寄せた。

「前向いてろよ、蓮。俺はこれから、こっちのかわい子ちゃんと付き合うことにしたから。」
「かわい子ちゃんって…もしかして僕のこと?」

思わず自分を指差してみると、ナツメの友人たちがゲラゲラ笑って深く頷いた。

「いいっ、冗談はよしてよ! 初対面なのに! 大体僕は…!」
「なに? 俺じゃ不満? こう見えてももてるんだぜ、俺。それに、白鳳はそっち方面にも寛容だって聞いたけど。」
「寛容とかそういうことじゃなくて、僕はねえ…っ!」
「かわいい子はとっとと唾つけとかないとな。」

ナツメは悪巧みをするように、ぺろりと唇をなめ回した。

「白鳳に入ったら、思う存分自由恋愛楽しむつもりでいたんだ、俺ぁ。お前だってそうだろ? こんだけ可愛らしいのが入ってくれば、誰だってほっとかないって。」
「あきらめた方がいいよん、かわい子ちゃん。ナツメは飛び切りしつこいんだぜ。」
「そうそう、目ぇ付けられたが最後ってね。」
「ええっ、だっ、だから僕はぁっ!」

「そこ! うるせーぞ!」

いきなりスピーカーを通した隼人の声がナツメとその友人たちを叱咤する。自分の立場も忘れて大声を出していた祥太郎は、びっくりして飛び上がりそうになった。

「入学早々、たかが数分の辛抱もでき…んん?」

思わずそちらを振り返ると、壇上の隼人にバチリと目が合った。

「あ…やば。」
「うっわ、副会長怖…げっ。」

緊張感なくへらへらと笑っていたナツメの友人たちが思わず身を引いた。マイクを鷲づかみにした隼人が、鬼のような形相で身を乗り出したからだ。
乱暴に引き回されたマイクがボコボコと異様な音を拾い、近づけすぎた大音響は耳障りなハウリングを起こした。

「ごるぁっ、祥太郎っ!」

「「「ひっ…!」」」
「………あーあ。」

ガタガタと椅子ごと人の波が引いて、ぽっかり明いた空間に祥太郎と、唖然としたナツメが取り残された。
隼人は壇上で仁王立ちになって、マイクを持ったままがなり立てている。

「集合は9時半だって言ったろうが! 今頃のこのこ来やがって! しかもなにちゃっかり一年坊主の中に紛れ込んでいやがるんだ!」

「え…お前ってこう見えてもしかして…上級生…?」
「いやあ…。」

あっけに取られた様子のナツメが、明らかに名指しされた祥太郎を凝視する。祥太郎はすっかり返事に困ってしまった。なおも隼人の喚き声は続く。

「ちゃっちゃとこっち来い! のんきな顔してのほほんと! 顧問の癖してなにしてやがる!」

「こ…顧問?!」

「祥太郎先生!」

さらに人波がざわめく。先ほどまで壇上で挨拶をしていた白雪が、慌てた様子で駆け込んできたからだ。
色白の頬を火照らせ、顎で切りそろえた黒髪をなびかせた白雪の乱入は、周りの1年生たちの目を奪ったようだが、一人ナツメだけはそれどころではないようだった。

「なかなか見えないから、隼人がものすごく心配していたんですよ。あっちにちゃんとお席も用意してありますから!」
「あ…、うん、ごめんね、高見君。」
「え、ちょお待てよ! 先生って…ええっ!」

あんぐり空けた口を、酸素不足の金魚みたいにパクパクさせる。

「おまえマジで教師かよ!」
「…うーん、実はそうだったりして。」

てへ、と笑って見せると、ナツメが椅子ごとのけぞった。どう取り繕おうかと迷っていると、白雪に腕を引っ張られる。

「祥太郎先生、早く! これ以上遊んでたら、本当に隼人が噴火しちゃいます!」
「うん…そうだね。」

祥太郎はまだガミガミ言っている隼人をチラリと振り返って、そっと立ち上がった。しばらく休んでいたからか、先ほどよりはだいぶ楽に動ける。
椅子にべったり座ったままのナツメを見下ろすと、彼は慌てたように口を閉じた。

「ごめんね、もう行かなくっちゃ。」
「ま、待てよ、ふざけんなよ! なんでそんなロリが教師…ぅええっ!」

混乱しているのだろう、ナツメはバリバリと頭をかきむしる。ピンクのとさかがピチピチ跳ねた。
祥太郎は白雪に引っ張られ、後ろを気にしつつもその場を去らなくてはならなかった。ナツメの伸ばした指が、一瞬祥太郎のパーカーの袖に引っかかったが、それだけだ。
祥太郎は振り返ると片手でナツメを拝む仕草をした。これで何とか勘弁して欲しかった。

「詐欺だああぁぁぁぁぁ!」

遠くナツメの声が尾を引く。祥太郎は自分の言動を振り返ってみた。一度だって自分からこの学園の生徒だと名乗った覚えはないのに、詐欺扱いはあんまりだ。

「祥太郎先生…一年生からかっちゃダメですよう…。」
「別にからかったつもりはないんだけどねえ…。」

祥太郎はちょっぴり舌を出して、ナツメたちを振り返った。祥太郎が教師の席に納まっても、まだ信じられない顔のナツメが、友人たちにつつきまわされている。マジとかウソとか、漏れ聞こえる言葉で会話の内容はたやすく推察できる。
祥太郎はにっこり笑って彼らに手を振ってみた。ナツメが憤然とした顔をする。

祥太郎は、学年主任に渡された担任のクラス名簿を思い出していた。確かあれには、夏目という生徒はいなかったように思う。
ちょっぴり残念な気がすると同時に、なんだか安心してしまう祥太郎なのだった。





前へ ・ 戻る ・ 次へ